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大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)4718号 判決

原告 井上信太郎 外一名

被告 株式会社木津川工業所

主文

本件訴は何れも之を却下する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、原告井上信太郎と被告との間に於て被告が別紙第一目録記載の土地につき賃借権を有しないことを確認する、原告加治川康雄と被告との間に於て被告が別紙第二目録記載の土地につき賃借権を有しないことを確認する、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、

一、原告井上の主張

(一)  原告井上は別紙第一目録記載の土地を昭和六年十二月二十四日以来所有しているものであるが、昭和二十二年三月頃之を訴外西野義三に対し、賃料を一坪につき八円の割合とし、木材置場として使用すること及び将来同原告に於て必要の場合は直ちに明渡して返還することの約定にて賃貸した。

(二)  その後昭和二十三年十二月八日右土地につき大阪市より都市計画による換地の指定を受け、旧所有地は道路用地として大阪市に明渡すこととなつたので、同原告は同訴外人に対し、昭和二十四年初頃口頭にて右事由に基き明渡返還を求め、賃貸借契約の解約を申出た。

(三)  ところが、同訴外人は昭和二十四年末頃より同原告に無断で右土地を訴外亡仁田数一に使用させて居り、更に訴外亡仁田はその頃訴外亡山中貞三及び同訴外人が代表取締役であつた被告会社に共同使用させていたものの如く、同原告は訴外亡仁田に対し屡々第三者に使用させることに抗議し且つ土地返還を求めて来た。

(四)  然るに、訴外亡仁田は昭和二十八年七月頃、訴外亡山中は昭和三十二年春頃夫々死亡したのであるが、被告会社は昭和二十八年一月頃より右土地を何等の使用権限なきに拘らず不法に占拠して、同地上に別紙目録第三記載の各建物を昭和二十八年三月及び昭和三十一年四月頃建築して所有しているものである。

(五)  よつて、同原告は被告会社との間に右土地につき賃貸借契約を締結した事実なきを以て之が賃借権不存在の確認を求める次第である。

二、原告加治川の主張

(一)  原告加治川は別紙第二目録記載の土地を昭和三十一年十一月三日訴外加治川尚広より買受け、同年九月十八日之が取得登記をしたのであるが、訴外尚広は昭和十八年頃より右売買迄所有者であつた。

(二)  而して訴外尚広は、昭和二十二年三月頃訴外西野義三に対し右土地を原告井上と共に前項の(一)(二)記載と同様の約定を以て賃貸し且つ同一事由により解約を申出た。

(三)  ところが、被告会社は前項の(三)(四)記載と同様の経過により右土地を何等使用する権限なきに拘らず昭和二十八年一月頃より之を不法に占拠して同地上に別紙第四目録記載の建物を建築して之を所有している。

(四)  以上の通り、右土地の前所有者訴外尚広及び原告加治川は被告会社との間に右土地につき賃貸借契約を締結した事実なきを以て、同原告は之が賃借権不存在の確認を求める次第である。

と陳述し、更に被告の主張に対し、

(一)  原告等は被告主張の訴外西野が経営していた新大阪木材出荷組合(法律上匿名組合)に何等関与していない。従つて、訴外西野が右組合事業の損失を補填するため別紙目録第一、二記載の本件土地を何人かに賃貸したか何うか知らない。

(二)  被告は昭和二十六年九月七日設立登記された会社であつて、その頃又はそれ以後に本件土地を賃借したと被告は主張するが、原告等は何れも被告会社の存在を知らず、土地賃貸借契約が締結した事実はない。斯る時期には既に換地指定通知を受けていて本件土地は賃貸し得ない状態にあつた。

(三)  原告井上と訴外井上俊信は家庭的不和に因り一切の交渉を絶つていて、同原告は同訴外人に本件土地に関し従前より何等の権限を与えていない。従つて同訴外人が被告に領収書を発行したとしても原告等が被告に対し本件土地を賃貸したことにはならない。尚、同訴外人は被告より損害金として金員を受領したに過ぎない。

と抗争し、立証として、甲第一乃至第六号証、同第七号証の一乃至三、同第八乃至第十号証を提出し、証人丸岡博文、同西野義三、同平見辰一、同加治川尚広、同井上俊信、同仁田ヨシエの各証言及び原告本人井上の尋問の結果を援用し、乙第一乃至第七号証の成立を否認する、同第八乃至第十一号証の成立は不知と述べた。

被告訴訟代理人は、原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、答弁として、

一、原告井上の主張の内、(一)の事実中同原告主張の土地を同原告が所有することは認めるが、その余の事実は不知、(二)の事実は不知、(三)の事実中被告が同原告主張の土地を占拠していることは認めるがその余の事実は否認する、(四)の事実中訴外仁田数一及び同山中貞三が同原告主張の頃夫々死亡したこと及び被告が同原告主張の土地を占拠し、その地上に同原告主張の建物を所有することは夫々之を認めるが、その余の事実は否認する。

二、原告加治川の主張の内、(一)の事実の内同原告主張の土地を同原告が所有することは認めるがその余の事実は不知、(二)の事実は不知、(三)の事実中被告が同原告主張の土地を占拠していることは認めるがその余の事実は否認する。

三、訴外亡山中貞三及び訴外山中五九松の兄弟は訴外西野義三を通じ別紙目録第一、二記載の本件土地を原告等より昭和二十四年九月頃賃借したものである。而して右賃借に至る事情は、当時原告両名は訴外西野と共に新大阪木材出荷組合なるものを組織し、同訴外人が組合長で原告等はその役員として本件土地を提供し、右組合の木材置場としていたが、同組合は事業不振に陥りその赤字補填の手段として当時としては月一万円という法外に高い賃料を以て前記訴外亡山中貞三、訴外山中五九松の両名に賃貸したものである。従つて、原告等は右組合の事業の遂行上の処置であるから組合長西野の行為を当然承認していたものである。その後前記山中貞三は死亡し、弟の山中五九松は被告会社を設立し、引続き本件土地に於て故鉄蒐集業を営んでいたが、何等異議なきは勿論訴外西野より材木の供給すら受けて本件土地上に原告等主張の建物を建築して今日に至つている。

その後、前記組合は事業遂行の見込なく解散することとなり、原告等と訴外西野との関係断絶するや原告等は訴外西野に右土地の引渡を要求するに至つたので、訴外西野は昭和二十八年頃に至り被告に対しても本件土地の明渡を要求して来たが、被告はその不当を詰り之に応ぜずに来たところ、原告井上の長男訴外井上俊信が同原告の代理人と称して本件土地の一部である空地上に訴外西野の供給した材木を以て建物を建設し始めたので、被告との間に紛争を生じ警察沙汰に迄発展したが、訴外川見鋳鉄株式会社々長川見徳太郎の仲裁により、被告は本件土地を引続き賃借することとなり、賃料を原告等代理人訴外井上俊信に支払つて今日に至つている。従つて、原告等の請求は失当である。

と陳述し、立証として、乙第一乃至第七号証、同第八乃至第十一号証の各一、二を提出し、証人川見徳太郎、同井上俊信、同真鍋徳浩、同山中五九松の各証言を援用し、甲第三号証は官署作成部分のみ成立を認めてその余は不知、同第七号証の一乃至三の成立は不知、爾余の甲号証はその成立を認めると述べた。

理由

原告井上が別紙目録第一記載の土地を所有していること、原告加治川が別紙第二目録記載の土地を所有していること及び被告が別紙目録第一、二記載の各土地(但し、仮換地ではなく従前の土地)を占有していることは、何れも各当事者間に争がない。

成立に争なき甲第九号証及び甲第十号証並びに証人丸岡博文の証言によると、別紙目録第一記載の土地につき昭和二十三年十二月七日を以つて、別紙目録第二記載の土地につき昭和二十三年十二月八日を以て、夫々大阪市長が特別都市計画法に基いて仮換地の指定を行つたこと及び右の仮換地指定処分は、「使用開始の日を別に定めた指定」ではなくして、所謂「単鈍な指定」であることが夫々認められ、他に右認定に反する証拠はない。原告等は、別紙目録第一、二記載の各土地について昭和二十三年十二月八日都市計画による換地の指定を受けたと主張するが、右は換地処分を受けたものではなく、仮換地指定処分を受けた段階に過ぎないものであることが証拠上明白である。

次に、原告等は、被告が昭和二十八年一月頃より別紙目録第一、二記載の従前の土地を占拠し、従つてその頃より、右従前の各土地につき賃借権を有することを主張し始めたものである旨主張する。この点に関する被告の主張は必ずしも明瞭とは言えないが、訴外亡山中貞三及び訴外山中五九松の兄弟が昭和二十四年九月頃訴外西野義三を通じて原告等より別紙目録第一、二記載の従前の土地を賃借し、その後訴外亡山中貞三が死亡し、弟の訴外山中五九松が被告会社を設立し、引続き何等の異議なく右各土地を占拠してきたものであると主張するので、被告は昭和二十四年九月頃より右各土地につき賃借権を有すると主張しているものと解される。そうだとすると、何れにしても、別紙目録第一、二記載の各従前の土地につき前認定の仮換地指定処分が行われた後であることに相違はないので、本件に於ては先ず、土地区画整理に於て従前の土地所有者が、単純なる仮換地指定処分後に何等の権原なき第三者が従前の土地を不法に占拠して之に対し賃借権を有する旨を主張した場合、その第三者に対して賃借権の不存在確認を訴求することが許されるか否かが問題とされなければならない。

そこで、単純なる仮換地指定処分がなされた場合の効力について考えるに、整理施行者が仮換地の指定をして、その旨を仮換地及び従前の土地の所有者並びに之等の土地の全部又は一部について地上権、賃借権、永小作権又は質権を有する者、その他命令で定める者に通知したときは、従前の土地所有者及び関係者は、右通知を受けた日の翌日から換地処分が効力を生ずる迄、仮換地の全部又は一部について従前の土地に存する権利の内容たる使用収益と同じ内容の使用収益をなすことが出来るが、従前の土地についてはその使用収益をなすことが出来ず、他方、仮換地所有者及び関係者は仮換地を使用することが出来ない結果となる。換言すれば、従前の土地所有者及び関係者は従前の土地について、仮換地の所有者及び関係者は仮換地について、夫々処分権のみは之を有するも使用収益権のない権利を有することになるのである。即ち、従前の土地所有者は、従前の土地について使用収益権のない所有権を有することになるのであるが、処分権は之を有するのであるから、仮換地指定後も従前の土地を売却し、或いは之について抵当権、質権を設定することが出来るけれども、賃借権を設定することは出来ないと言わなければならない。けだし、賃借権の設定は、土地所有者が賃借人に対し土地の使用をなさしめる義務を負い、右義務履行の対価として賃料を受領し、以つて土地の利用を図るものであるから、従前の土地について使用収益権能を停止された者が、その土地の使用を目的とする賃貸借契約を締結することは実現不能の給付を目的とした無効なものと言わねばならないからである。尤も、賃貸借契約の目的たる土地として、従前の土地が表示されていても、当事者は現実に仮換地を使用させることを目的とする場合も存するであろうから、その意思解釈の問題として仮換地を目的とした賃貸借として有効とすべき場合もあるであろう。然し、本件に於ては、原告等が従前の土地につき被告の賃借権が存在しないことの確認を求めていることがその主張自体によつて明らかであるから、仮換地についての賃借権の存否は判断の必要がないものと言わなければならない。

以上の如くであるとすると、従前の土地所有者即ち原告等は前記仮換地指定処分によつて仮換地について従前の土地に存する権利の内容たる使用収益と同じ内容の使用収益をなすことが出来るが、従前の土地についてはその使用収益をなすことが出来ず、特に賃借権を設定することが出来ない結果となつたのである。従つて、右のような効果の発生した後に於て被告が原告等の従前の土地を占拠し、之につき賃借権を主張し始めたとしても、原告等の権利又は法律的地位は之によつて何等の妨害をも受けないものと言わなければならない。言う迄もなく、確認の訴は、原告の権利又は法律的地位に現存する不安危険を除去するために、一定の権利関係の存否を反対の利害関係人である被告との間で判決によつて確認することが、必要且つ適切である場合に認められる。自分の権利又は法律的地位が、他人の否認、侵害或いは相容れない権利主張によつて脅かされて妨害されている場合は、その者に対して確認を求める利益がある。然るに本件に於ては前説示の如く原告等がそのような地位に有るとは到底認められないので、本件訴は何れも確認の利益を欠き不適法として却下を免かれないものと考えるのが相当である。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 石垣光雄)

第一目録

大阪市浪速区木津川町一丁目十二番地の八

一、宅地 四十八坪

同所十三番地の十五

一、宅地 五坪三合九勺

同所十九番地

一、宅地 四十坪九合五勺

以上換地後

汐見工区二十五ブロツクの二

一、宅地 六十一坪八合五勺

第二目録

大阪市浪速区木津川町一丁目十八番の一

一、宅地 十七坪五合六勺

右換地後

汐見工区二十五ブロツクの一

一、宅地 十八坪七合

第三目録

大阪市浪速区木津川町一丁目十二番地の八

地上及び同所十九番地上

一、木造鉄板葺平家建倉庫

建坪 二十六坪三合

但し被告会社使用部分(別紙図面赤線(二)の部分)

同所十九番十八番地の一地上

一、木造鉄板葺平家建工場一棟

建坪 二十坪の内南側十二坪五合

但し別紙図面青点線(三)の部分

第四目録

大阪市浪速区木津川町一丁目十八番地の一地上

一、木造トタン葺平家建工場

建坪 二十坪の内北側七坪五合

但し別紙図面青線(四)の部分

図〈省略〉

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